「昔、天狗が住んでいた」という夫婦岩からしばらく平坦な道を行き、５分とかからずに赤坂方面との分岐にでる。そこはニノホリキリといわれる場所で、その名の通り尾根を掘り切って道を拓いている。一昔前までは重要な交通路として使われていたのだろう。

この道は現在でも辿ることができ、城山（大築城）を見渡せる物見石を経て、あじさい山公園の山頂へと至る。ここからあじさい山公園に向かえば、手軽なハイキングコースとしてちょうどいいかも知れない。そしてそこから少し行くと急に道が開け、梅本林道が現れる。

右手の山中にはまだ街道が残っているが、冬場でもなければ藪がひどくて近づけない。しかたなく梅本林道を歩く事になるが、自動車のために作られた林道は、勾配を緩やかにする為に遠回りを余儀なくされる。そしてその林道のカーブを２つほどやり過ごすと北側の展望が開け、ひとつ向うの尾根の稜線に大築城が見え、その背後には都幾山慈光寺が映っていた。

大築城は入間・比企では代表的な山城の一つで、吾那憲光が築城したとも、慈光寺攻めの時に松山城主・上田朝直が築いた陣城であるともいわれるが、その大規模な土木工事からして後者が有力視されている。麦原は大築城を築いた人達が土着したといわれているが、大変な労力を費やして築城したに違いない。

次にその大築城の手前に目をやると、今度は尾根の稜線にポコンと窪んだ個所がある。この平坦地を通称・馬場といい、大築城の為の馬場であったという。またの名をダイダラボッチの足跡（アシッコ）ともいい、以前、この平坦地を訪れた時には広すぎてとても足の形をしているなどとは思いもよらなかった。しかしこうして見ると確かに巨人の足跡のような形をしている。

しばらく歩くと林道は太平尾根に至るが、もしやと思い崖の上によじ登ってみると、切開かれた尾根にはまだ街道が残る。３０ｍの区間を残して両側を断切られている無残な姿がそこにあった。なぜここまで多くの林道を必要とするのかわからないが、林道が不法投棄の温床となるような事が無いように願う。

その林道を少し行くとハイキングコースという道標がでている。思ったとおりそこが街道で、しばらく行くと前述の大築城のある尾根との分岐となる。そして太平尾根はその名のとおり、わりと平坦な道筋であったはずだが、花ノ木峠を過ぎた所で突然道が消滅してしまう。街道はまたもや梅本林道に寸断されてしまうのだ。

もし大築城方面へ向かうのでなければ、先ほどの地点から街道に入らず、そのまま林道を歩く事をおすすめする。街道はスッパリ断切られ、２ｍほどの崖を滑り降りなければならないからだ。「痩せ尾根の場合には道が重なるのも仕方が無い。」だが、そうとは判っていても多少の苛立ちは覚えてしまう。

林道に戻るとすぐに再び街道の入口が待っている。林道はここから大きくそれるので、もはや寸断される事はない。ただし前面の山が急なので、林道を歩いて飯盛峠まで迂回しようとは思わないほうがいい。街道は人や馬にもやさしい道である。見た目ほど急な所は通らないし、時間的なロスも少ない。街道を行くと何ヶ所かで道を分けるが左へと進んで行けば間違る事も無いだろう。

そして何ヶ所かの分岐を通り過ぎた所に、ちょっとした平坦地がある。街道はここで飯盛峠手前にある小高い山を迂回して、飯盛峠方面と高山不動方面とに道を分ける。昔はこの平坦地でも盛んに交易が行われていたのではないだろうか。

ただし現在、残念なことに飯盛峠方面への道は荒れていて、とても通行できる状態ではない。ただし藪漕ぎさえ厭わなければ、街道をに添いながらグリーンライン上の、飯盛峠の標柱の真裏に至る事も可能だ。しかしながらあまり無理をする事もないだろう。平坦地の分岐から高山方面への旧道は現在でも容易く辿る事ができるので、こちらから廻り込む事にしよう。

この旧道は直下に梅本林道が見え隠れしているものの、街道と同様にそれほど急な坂道ではない。そして時ならぬ自動車の音に頭上を見上げると、奥武蔵グリーンラインのガードレールが顔を覗かせる。予想どおり旧道は消滅しているが、踏み跡を辿ればグリーンラインに出ることができるだろう。今まで気付きもしなかった事だが、その場所からは悠々と聳えたつ武甲山が見えた。飯盛峠はもう目前である。

【飯盛峠からブナ峠周辺図】は
※実際の山行には市販の地図を用意して下さい。